2026年7月18日土曜日

ラジオ体操だけでは物足りない?シニアが自衛隊体操にも挑戦した話

 

※この記事は、2019年に書いた記事を読みやすくリライトしたものです。

ラジオ体操に自衛隊体操をプラスしてみました

YouTubeのお気に入りにラジオ体操を登録していたところ、「自衛隊体操」という動画が表示されました。

見てみると、なんだか昔懐かしい、学校の体育の時間にしていた準備運動に似ています。

「もしかすると、昔していた準備運動は自衛隊体操に近いものだったのかな?」と思いながら、興味をひかれて見てみました。

そこで、ラジオ体操第1・第2・第3に続けて、自衛隊体操もライブラリに保存。順番に通してやってみることにしました。

ラジオ体操だけでは、私には少し物足りなく感じることもあり、あまり汗をかきません。

ところが、自衛隊体操まで続けると、じんわりと汗をかき、体をしっかり動かした感じがします。

私はシニア世代ですので、お手本の動画のように体が曲がったり、きびきび動いたりはできません。

それでも、無理をせず、自分のできる範囲で体を動かすと気持ちがよいものです。


自衛隊体操はラジオ体操より動きが大きく、少し負荷も感じます。最初からお手本どおりにしようとせず、痛みやふらつきがあるときは無理をしないことが大切ですね。

動画は、この記事を書いた2019年当時に、私が見ながら体操していたものです。現在も視聴できるので、そのまま紹介しています。

懐かしいラジオ体操第3

ラジオ体操第3も、私にとっては懐かしい体操です。

なぜなら、高校の体育の時間にしていた記憶があるからです。

当時の体育の先生が、ラジオ体操第3について話していたことも覚えています。

先生は、「大きなレコードから小さなレコードになったため、第3まで収録する余裕がなくなったらしい」と聞いたと話し、ずいぶん残念がっていました。

今となっては、それが正式な理由だったのかは分かりません。

けれど、先生が少し怒ったように話していた様子まで、ラジオ体操第3と一緒に懐かしく思い出します。

運動不足を感じたら、まず体を動かす

私がラジオ体操を始めた理由は、運動不足を解消するためでした。

最初は続けていても、だんだん慣れてくると、ついさぼってしまいます。

そして体を動かさない日が続くと、やはり体が重く感じられます。

涼しくなって体を動かしやすい季節になったことをきっかけに、もう一度運動を始めることにしました。

ラジオ体操だけの日があってもよし。少し余裕がある日は、自衛隊体操までしてみる。

毎日完璧に続けようと気負わず、その日の体調に合わせて体を動かすことが、長く続けるコツなのかもしれません。

2026年7月15日水曜日

「もったいない魚」を見て思い出した、昔の瀬戸内の魚たち

テレビで見た「もったいない魚」から思い出した、昔の瀬戸内海の魚たち。ボラやベラ、三番叟と呼んでいたイシダイ、ボラのぼっかけ、ベラとおねしょの言い伝えなど、日生の昔の暮らしを振り返ります。

2018年11月末頃だったでしょうか。

朝、テレビを見ていると、「もったいない魚」という言葉が紹介されていました。

「もったいない魚って、何じゃろう?」

そう思いながら見ていると、画面に映ったのは、私にとって見覚えのある魚ばかりでした。

瀬戸内海で育った私が子どもの頃には、魚屋さんに普通に並んでいた魚たちです。

最近は見かけなくなったので、

「もう獲れなくなったんかな」
「魚が少なくなったんかな」

と思っていました。

ところが、獲れないのではなく、獲れても売れにくく、お金にならないため、店頭に並ばなかったり、廃棄されたりする魚もあると知りました。

昔から食べてきた私には、本当にもったいない話でした。

昔は身近だったボラ

テレビに出ていた魚の中には、ボラもありました。

ボラの旬は、10月頃から1月頃までの秋から冬です。

チヌも同じ頃においしくなる魚で、父が元気だった頃には、チヌとボラが一緒によく釣れていました。

父が釣って帰った魚を家でさばき、ボラもチヌも普通に食卓へ並んでいました。

ボラは、三枚におろして皮を引き、刺身にしたり、塩こしょうをしてフライやムニエルにしたりすると、おいしく食べられます。

私の記憶では、皮をきれいに引くのがポイントでした。

皮を取って料理すると、気になるにおいも少なくなり、あっさりとした白身魚として食べられました。

私は苦手だった「ボラのぼっかけ」

新鮮なボラが手に入ると、うろこや内臓を取り、丸のままぶつ切りにして、うしお汁にする食べ方もありました。

その汁を、ボラのぶつ切りごと、どんぶり飯の上からぶっかけて食べるものを、私たちの地域では「ボラのぼっかけ」と呼んでいました。

昔のお年寄りは、この食べ方を好んでいました。

ただ、正直に言うと、私はボラのぼっかけが嫌いでした。

骨や皮の付いたままのボラが、どんぶり飯の上にどんと載っているのが、子どもの私には食べにくかったのです。

昔からある料理だからといって、誰もが好きだったわけではありません。

それでも、ボラのぼっかけは、海の近くで暮らしていた昔の人たちの食べ方として、今も私の記憶に残っています。

家庭や地域によって、作り方や呼び方には違いがあるかもしれません。

熱帯魚のように色鮮やかな魚

昔の魚屋さんには、今よりもいろいろな魚が並んでいました。

青や赤の模様がきれいなベラや、日生で「三番叟」と呼んでいたイシダイなど、まるで熱帯魚のような魚もありました。

子どもの頃には、そうした魚も特別珍しいものではありませんでした。

瀬戸内海で獲れた身近な魚として、普通に魚屋さんに並び、家庭で食べられていたのです。

いつの頃からか、ボラやベラ、三番叟のような魚を、身近な魚屋さんで見かけることが少なくなりました。

旬の時期に市場へ行けば、今でも並んでいることがあるのかもしれません。

それでも、昔のように、当たり前に魚屋さんで見かける魚ではなくなったように感じます。



ベラは「おねしょの薬」

私が子どもの頃、ベラは「おねしょの薬になる」と言われていました。

私はよくおねしょをしていたので、家族からベラをたくさん食べさせられたものです。

本当におねしょに効いたのかどうかは分かりません。

ただ、昔はこうした言い伝えを信じて、子どもに食べさせる家庭もありました。

私にとってベラは、青や赤の模様がきれいな魚であると同時に、よくおねしょをしていた子どもの頃を思い出す魚でもあります。

懐かしいような、少し困ったような思い出です。

海辺にたくさんいたボラの子

昔は海面をのぞくと、ボラの子が海岸沿いを群れになって泳いでいました。

埋立地にある我が家の近くでは、潮が満ちてくると、海水に乗って溝の中まで群れで入ってくることもありました。

私の子どもたちは、網ですくったり、おもちゃ屋さんで売っていた小さなモリで突こうとしたりして遊んでいました。

今考えると、海と暮らしがとても近かった時代です。

魚は、店で買って食べるだけのものではありませんでした。

すぐそばの海を泳ぎ、釣って帰れば家でさばき、家族みんなで食べる、とても身近な存在でした。

昔は普通だった魚が「もったいない魚」に

ボラやベラ、三番叟のような魚は、昔の瀬戸内では珍しい魚ではありませんでした。

それぞれの魚に合った食べ方があり、家庭の食卓に普通に並んでいました。

ところが、今では売れにくい、値段が付かない、お金にならないという理由で、店頭に並ばない魚もあるそうです。

獲っても売れなければ、漁師さんにとっても商売にはなりません。

食べる人が少なくなれば、魚屋さんも仕入れなくなります。

そうして、昔は身近だった魚が、少しずつ食卓から消えていったのかもしれません。

「もったいない魚」という言葉をテレビで見た時、私は父が釣って帰ったチヌとボラ、魚屋さんに並んでいた青や赤のベラ、三番叟と呼んでいたイシダイを思い出しました。

安い魚だから、おいしくないわけではありません。

見た目や名前だけでは伝わりにくくても、昔の人は、その魚に合った料理の仕方を知っていました。

今では食べなくなった料理もありますし、私のように子どもの頃から苦手だった食べ方もあります。

それでも、瀬戸内海で昔から食べられてきた魚や、家庭に伝わっていた言い伝え、海辺で遊んだ記憶は、昔の暮らしの記録として残しておきたいと思います。

※この記事は、2019年1月に書いたものを、昔の瀬戸内の魚や暮らしの記録としてまとめ直しました。

2026年7月5日日曜日

下戸だけど憧れる!瀬戸内海のリゾート Villa Stella で見た夢の暮らし

瀬戸内海の美しい景色を望むリゾートコテージ「Villa Stella」で、焼き肉パーティーとプライベート花火大会に招かれました。ワインセラーや露天風呂、サウナ、ミニプールまでそろった夢のような空間に、下戸の私も思わず憧れてしまいました。

ちょっとセレブな甥っ子から、なんとも素敵なお誘いを受けたのは、2025年のある日のことでした。

「焼き肉パーティーと、プライベート花火大会をするから来ない?」

場所は、我が町にあるリゾート施設 Villa Stella
そこはまるで夢の中に出てくるような、素敵なコテージでした。

思わず、

「え〜?この景色、本当に我が町なの?」

と声を上げてしまった私。

すると甥っ子が、こんなふうに教えてくれました。

「地元に住んでいると、良さが分からないでしょう。今、瀬戸内海は世界的にも有名なスポットなんですよ。海があって、島があって、海に出ても島々が見える。こんな景色が楽しめる場所は、世界でもなかなかないんです。日本の中でも、瀬戸内海ならではの魅力なんですよ」

なるほど……。

私にとっては、ごくごく普通の、当たり前すぎる景色。
だからこそ、その良さに気づいていなかったのかもしれません。

いなか者の私は、見るものすべてが珍しくて、コテージの中を案内してもらうことにしました。



まず1階で目に飛び込んできたのは、なんとワインセラー。
しかも中には、ワインがぎっしり。隙間なく並んでいて、思わず目が点になりました。

「うわぁ……すごい」

ワインセラーだけでも驚いたのに、さらに各部屋には露天風呂、シャワー、トイレ付き。

これには、思わず“ビックリポン”でした。

露天風呂は外から見えないように工夫されていて、バスタブもとてもおしゃれ。
まるでマリー・アントワネット気分になれそうな、優雅な雰囲気でした。

さらに、焼き肉コーナー、ミニプール、サウナ、水風呂まであります。


海を眺めながらゆったり座れるチェアも置かれていて、どこを切り取っても絵になる空間。

「これはインスタ映え間違いなしだわ」

そんなふうに思いながら、空間づくりの工夫に感心してしまいました。

さて、ここでふと思ったのです。

「我が家にもマネできるものがあるとしたら……ワインセラーかな?」

ちょっと調べてみると、ワインセラーにもいろいろあるようです。
1本だけ冷やせる簡易的なワインクーラーから、こちらのコテージにあるような本格的で高価なワインセラーまで、種類は実にさまざま。

実は私は、お酒が飲めない下戸です。
それでも、こんな素敵なワインセラーを見ると、

「いいなぁ、こんなのが家にあったらおしゃれだなぁ」

と、つい憧れてしまいました。

とはいえ、私が買うなら、せいぜい1本用の簡易タイプでしょうか(笑)

もし上等なワインを買ったとしても、ワイングラスで優雅に飲むというより、平盃で香りを楽しみながら、チビリチビリと舐めるくらいかもしれません。

そして残ったワインは、料理酒として使う……なんてことになりそうです。

日本酒も、上等なものを料理に使うと、なんとなく味が良くなる気がします。
それなら、上等なワインを使えば、料理ももっとおいしくなるかもしれませんね。

ただ、ワイン好きの方からすると、これは許しがたい使い方かもしれません。

でも、ワイン好きの方なら、ワインセラーはぜひ揃えたい一品ではないでしょうか。

眺めているだけでも気分が上がる。
そんな特別感が、ワインセラーにはあるような気がしました。

※この記事は、2025年に訪れた Villa Stella での思い出をもとに、読みやすく再編集したものです。

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2026年7月3日金曜日

孫3人と大原美術館へ。夏休み最後の倉敷おでかけ

孫たちの夏休みも、もう終わりに近づいた頃。
孫3人を連れて、岡山県倉敷市にある大原美術館へ行ってきました。

我が家からは、車でだいたい1時間半ほど。
ちょっとしたドライブを兼ねた、夏休み最後のおでかけです。

行く前は、6年生の孫が、

「美術館なんか、どうでもいい」

というようなことを言っていました。

まあ、子どもからしたら、遊園地やゲームの方が楽しいと思うのも無理はありません。
けれど実際に入ってみると、その孫が思ったよりもじっくり作品を見ていたのです。

これは、ちょっと意外でした。

子どもの頃に見た「本物の絵」の感動

大原美術館は、倉敷美観地区の近くにある歴史ある美術館です。
エル・グレコ、クロード・モネ、アンリ・マティスなど、教科書や美術の本で見たことのあるような作家の作品が収蔵されています。

私が子どもの頃、書道の師匠に連れられて大原美術館へ行ったことがあります。
その時の感動は、今でも忘れられません。

教科書で習った芸術家の、本物の作品がそこにある。

「えっ、モネの睡蓮があるの?」
「ピカソの絵もあるの?」
「岸田劉生の麗子像も?」

子どもの私には、それが本当に大きな驚きでした。

テレビや本で見る絵と、実際に目の前で見る絵は、やっぱり違います。
色の深さや筆の跡、絵の前に立った時の空気まで、何とも言えない迫力がありました。

書道の師匠が教えてくれたこと

その時、書道の師匠がこんなことを言っていました。

「絵を見ることは、書道の作品を作る時にも参考になる」

子どもの私は、最初はよく分かりませんでした。
でも、師匠は絵の構図や余白、線の流れ、墨の濃淡に通じるものを、ひとつひとつ話してくれました。

絵画と書道は、別々のもののようで、どこか通じるものがある。
そのことを、大原美術館で教えてもらった気がします。

久しぶりに行くと、展示の印象も変わっていた

大原美術館へは、忘れた頃に何度か行っています。
けれど、今回行ったのは、私の子どもが小中学生だった頃以来かもしれません。

久しぶりに訪れると、

「こんな作品があったかな?」
「前と少し雰囲気が変わったな」
「この展示、昔は気づかなかったな」

と思う場面がいくつもありました。

中庭の大きなオブジェや、棟方志功の作品、工芸に関する展示など、若い頃とは違う目で見ることができました。

美術館は、同じ場所に行っても、こちらの年齢や経験によって見え方が変わるものなのですね。

孫の絵と美術館の作品が重なって見えた

中には、私の一番年下の孫が、家で自由に描いている絵を思い出すような作品もありました。

大人の目で見ると、子どもの絵は「落書き」に見えることがあります。
でも、美術館に飾られている作品の中にも、自由な線や思いきった色づかいのものがあります。

それを見て、思わず孫に言いました。

「自信を持ってええよ。あんたが描いとる絵も、なかなか面白いで」

少し変なほめ方だったかもしれません。
でも、子どもの自由な表現は、案外、大人が思っている以上に大切なものなのかもしれないと思いました。

エル・グレコの「受胎告知」を見ながら

エル・グレコの《受胎告知》の前では、孫が解説を読んでいました。

これは、キリスト教の聖母マリアに、神の子を身ごもることが告げられる場面を描いた宗教画だよ。信仰の物語として描かれた絵なだから、現代の感覚だけで見ると不思議に感じるよね。

私が少し説明すると、孫はきっぱりと、

「絶対ありえん!」

と言いました。

子どもらしい反応に、思わず笑ってしまいました。

でも、そこから「昔の人は、こういう物語を大切にして絵に描いたんだな」と考えるきっかけにもなります。
美術館は、絵を見るだけでなく、歴史や宗教、昔の人の考え方にふれる場所でもあるのだと思います。

子どもと行く美術館は、急がない方が面白い

本当は、ひとつひとつの作品をゆっくり見て回ると、一日では足りないくらいです。

けれど、子ども連れだと、時間配分も大切です。
あまり長くなりすぎると疲れてしまいますし、閉館時間もあります。

それでも今回は、孫たちが思ったよりも作品を見てくれました。
「美術館なんかどうでもいい」と言っていた孫が、じっと絵の前で立ち止まっている姿を見ると、連れて来てよかったなと思いました。

大原美術館は、親子三代で楽しめる場所

大原美術館は、大人だけが楽しむ場所だと思っていました。
けれど、今回孫たちと行ってみて、子どもにも子どもなりの感じ方があるのだと分かりました。

有名な絵を見て驚く子。
不思議な絵に立ち止まる子。
解説を読んで疑問を持つ子。

感じ方はそれぞれですが、それでいいのだと思います。

私自身も、子どもの頃に書道の師匠に連れて行ってもらった大原美術館の記憶が、今でも残っています。
もしかしたら、今回の孫たちにも、何かひとつくらい心に残るものがあったかもしれません。

夏休み最後の倉敷おでかけ。
孫3人との大原美術館は、思っていた以上に楽しい一日になりました。

※展示内容や開館時間は変わることがあります。おでかけ前には、大原美術館の公式情報を確認してから行くのがおすすめです。

戦艦大和の元乗組員から聞いた体験談|小学生の頃に聞いた戦争の記憶

戦艦大和に乗っていた方から聞いた、忘れられない話 この話は、私が小学生の頃に、戦艦大和に乗艦していた方から聞いた体験談です。 その方は、戦艦大和が撃沈される前の時期に大和へ乗っていたそうです。のちに乗組員の大きな入れ替えがあり、その方は艦を降りることになりました。結果として、それ...