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2026年7月15日水曜日

「もったいない魚」を見て思い出した、昔の瀬戸内の魚たち

テレビで見た「もったいない魚」から思い出した、昔の瀬戸内海の魚たち。ボラやベラ、三番叟と呼んでいたイシダイ、ボラのぼっかけ、ベラとおねしょの言い伝えなど、日生の昔の暮らしを振り返ります。

2018年11月末頃だったでしょうか。

朝、テレビを見ていると、「もったいない魚」という言葉が紹介されていました。

「もったいない魚って、何じゃろう?」

そう思いながら見ていると、画面に映ったのは、私にとって見覚えのある魚ばかりでした。

瀬戸内海で育った私が子どもの頃には、魚屋さんに普通に並んでいた魚たちです。

最近は見かけなくなったので、

「もう獲れなくなったんかな」
「魚が少なくなったんかな」

と思っていました。

ところが、獲れないのではなく、獲れても売れにくく、お金にならないため、店頭に並ばなかったり、廃棄されたりする魚もあると知りました。

昔から食べてきた私には、本当にもったいない話でした。

昔は身近だったボラ

テレビに出ていた魚の中には、ボラもありました。

ボラの旬は、10月頃から1月頃までの秋から冬です。

チヌも同じ頃においしくなる魚で、父が元気だった頃には、チヌとボラが一緒によく釣れていました。

父が釣って帰った魚を家でさばき、ボラもチヌも普通に食卓へ並んでいました。

ボラは、三枚におろして皮を引き、刺身にしたり、塩こしょうをしてフライやムニエルにしたりすると、おいしく食べられます。

私の記憶では、皮をきれいに引くのがポイントでした。

皮を取って料理すると、気になるにおいも少なくなり、あっさりとした白身魚として食べられました。

私は苦手だった「ボラのぼっかけ」

新鮮なボラが手に入ると、うろこや内臓を取り、丸のままぶつ切りにして、うしお汁にする食べ方もありました。

その汁を、ボラのぶつ切りごと、どんぶり飯の上からぶっかけて食べるものを、私たちの地域では「ボラのぼっかけ」と呼んでいました。

昔のお年寄りは、この食べ方を好んでいました。

ただ、正直に言うと、私はボラのぼっかけが嫌いでした。

骨や皮の付いたままのボラが、どんぶり飯の上にどんと載っているのが、子どもの私には食べにくかったのです。

昔からある料理だからといって、誰もが好きだったわけではありません。

それでも、ボラのぼっかけは、海の近くで暮らしていた昔の人たちの食べ方として、今も私の記憶に残っています。

家庭や地域によって、作り方や呼び方には違いがあるかもしれません。

熱帯魚のように色鮮やかな魚

昔の魚屋さんには、今よりもいろいろな魚が並んでいました。

青や赤の模様がきれいなベラや、日生で「三番叟」と呼んでいたイシダイなど、まるで熱帯魚のような魚もありました。

子どもの頃には、そうした魚も特別珍しいものではありませんでした。

瀬戸内海で獲れた身近な魚として、普通に魚屋さんに並び、家庭で食べられていたのです。

いつの頃からか、ボラやベラ、三番叟のような魚を、身近な魚屋さんで見かけることが少なくなりました。

旬の時期に市場へ行けば、今でも並んでいることがあるのかもしれません。

それでも、昔のように、当たり前に魚屋さんで見かける魚ではなくなったように感じます。



ベラは「おねしょの薬」

私が子どもの頃、ベラは「おねしょの薬になる」と言われていました。

私はよくおねしょをしていたので、家族からベラをたくさん食べさせられたものです。

本当におねしょに効いたのかどうかは分かりません。

ただ、昔はこうした言い伝えを信じて、子どもに食べさせる家庭もありました。

私にとってベラは、青や赤の模様がきれいな魚であると同時に、よくおねしょをしていた子どもの頃を思い出す魚でもあります。

懐かしいような、少し困ったような思い出です。

海辺にたくさんいたボラの子

昔は海面をのぞくと、ボラの子が海岸沿いを群れになって泳いでいました。

埋立地にある我が家の近くでは、潮が満ちてくると、海水に乗って溝の中まで群れで入ってくることもありました。

私の子どもたちは、網ですくったり、おもちゃ屋さんで売っていた小さなモリで突こうとしたりして遊んでいました。

今考えると、海と暮らしがとても近かった時代です。

魚は、店で買って食べるだけのものではありませんでした。

すぐそばの海を泳ぎ、釣って帰れば家でさばき、家族みんなで食べる、とても身近な存在でした。

昔は普通だった魚が「もったいない魚」に

ボラやベラ、三番叟のような魚は、昔の瀬戸内では珍しい魚ではありませんでした。

それぞれの魚に合った食べ方があり、家庭の食卓に普通に並んでいました。

ところが、今では売れにくい、値段が付かない、お金にならないという理由で、店頭に並ばない魚もあるそうです。

獲っても売れなければ、漁師さんにとっても商売にはなりません。

食べる人が少なくなれば、魚屋さんも仕入れなくなります。

そうして、昔は身近だった魚が、少しずつ食卓から消えていったのかもしれません。

「もったいない魚」という言葉をテレビで見た時、私は父が釣って帰ったチヌとボラ、魚屋さんに並んでいた青や赤のベラ、三番叟と呼んでいたイシダイを思い出しました。

安い魚だから、おいしくないわけではありません。

見た目や名前だけでは伝わりにくくても、昔の人は、その魚に合った料理の仕方を知っていました。

今では食べなくなった料理もありますし、私のように子どもの頃から苦手だった食べ方もあります。

それでも、瀬戸内海で昔から食べられてきた魚や、家庭に伝わっていた言い伝え、海辺で遊んだ記憶は、昔の暮らしの記録として残しておきたいと思います。

※この記事は、2019年1月に書いたものを、昔の瀬戸内の魚や暮らしの記録としてまとめ直しました。

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