最近、「2分の1成人式」という言葉を聞くことがあります。
10歳は、20歳の半分。
だから「2分の1成人式」という考え方も、なるほどなあと思います。
ただ、今は法律上の成年年齢が18歳になりました。
そう考えると、「20歳の半分だから10歳」という説明も、少し時代とずれてきたのかもしれません。
それでも、10歳という年齢は、子どもにとって一つの節目です。
小さな子どもから、少しずつ自分の考えを持つ年齢へ。
親にとっても、「ここまで大きくなったんだなあ」と感じる時期なのかもしれません。
昔は「十三参り」という行事がありました。
数え年で13歳になった子どもが、お寺やお宮にお参りして、知恵を授かるという行事です。
旧暦の3月13日ごろに行われたとも言われています。
女の子は、大人仕立ての着物を肩上げして着ることもあったそうです。
子ども用ではなく、大人に近づくための着物。
その姿にも、「これから大人に向かっていく」という意味が込められていたのかもしれません。
そして面白いのが、帰り道の言い伝えです。
お参りのあと、鳥居や橋を渡り終えるまで振り返ってはいけない。
振り返ると、せっかく授かった知恵を返してしまう。
子どもにとっては、ちょっと怖くて、でも忘れられない行事だったでしょうね。
そういえば、私の時代には、中学校で「立志式」という行事がありました。
当時としては、かなり珍しかったのだと思います。
15歳くらいの年齢で、昔なら元服にあたる年。
もう子どもではなく、自分の行動に責任を持つ年齢なのだというような内容だったと記憶しています。
私はそれを、どこの学校でもあるものだと思っていました。
ところが、卒業して高校や短大へ進学してから、友人に
「立志式、あったでしょう?」
と聞くと、
「何それ?」
という返事が返ってきました。
あれ?
立志式って、普通にある行事ではなかったの?
その時、少し不思議に思ったことを覚えています。
もしかすると、当時の校長先生の考えで行われたものだったのかもしれません。
定年退職前くらいの年齢の先生だったので、昔ながらの節目を大切にしたかったのかな、と今になって思います。
同じ中学校に通った子どもたちは、立志式をしたのかどうか。
今となっては、はっきり覚えていません。
けれど、2分の1成人式、十三参り、立志式。
どれも形は違っても、子どもが少し大人に近づく節目を意識する行事だったのだと思います。
最近は、家庭の形もいろいろです。
学校行事として「親への感謝」を強く出しすぎると、つらい思いをする子もいるかもしれません。
だからこそ、これからの2分の1成人式は、
「ありがとうを言わせる行事」よりも、
「自分の成長を見つめる日」
「これからの自分を考える日」
くらいの形が、ちょうどよいのかもしれません。
十三参りのような昔の行事も、立志式のような学校行事も、今の時代に合わせて見直してみると面白そうです。
10歳、13歳、15歳、18歳、20歳。
節目の年齢はいろいろあります。
けれど本当に大切なのは、年齢そのものよりも、
「自分はこれからどう生きていくのか」
を少しだけ考える時間なのかもしれません。
子どもが少しずつ大人になっていく姿を、周りの大人が静かに見守る。
本当は、それだけで十分すてきな行事なのだと思います。
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